米中貿易摩擦がもたらす世界経済の失速と株価暴落について

執筆者
プロフィール写真

紫垣英昭

昭和62年証券会社に入社し事業法人、金融法人、ディーラー経験
現在、延べ2万人近くの個人投資家に日本株の売買指導を行っている。
3年前より「全方位型トレード・システム」を提唱し、多くのプロトレーダーを育成。
著書3冊を出版、新聞、雑誌の執筆や講演も多数あり。
著書紹介

今年の6月、米中貿易摩擦が勃発、いまだその出口は見えません。

中国に対するトランプ大統領のスタンスは今回の中間選挙を終え、ねじれ現象をもたらしました。2年後の大統領選挙をにらんで、トランプ氏は、これまでの強硬な保護主義路線を一段と推し進めるのではないかと予測されます。

とくに米中貿易戦争では、経済、軍事面での中国の覇権主義を許さないとの強い態度を鮮明にすると思われます。また、日本に対しても、自動車をヤリ玉にあげ、農産物とのトレードオフによって、米国の対日貿易赤字縮小を企図する戦略を強めるのではないという観測すらあります。

今後、米中貿易摩擦が長引くと、世界経済の足かせとなり、失速する懸念さえ叫ばれています。

すでに、世界の株式市場は、米国をはじめとして大荒れの状況にあり、今回の米中貿易戦争は世界の株価に暗い影を落としています。

この記事では、長引く米中貿易摩擦と、今後の株価について考えてみたいと思います。

この記事を読んで得られること
  • 米中貿易摩擦の発端がわかる
  • 米中貿易戦争で株式市場にどのような影響あるのかがわかる
  • 米中貿易摩擦でどのようなことに敏感になるべきなのかがわかる

そもそも米中貿易摩擦の発端とは?

米中貿易戦争は今年6月、米国が知的財産権侵害の制裁として中国からの輸入品500億ドルに追加関税を課す方針を打ち出したことが発端となりました。

500億ドルは、中国の実質国内総生産9兆5000億ドルから見ると、軽微との見方が多いのですが、米国の狙いは、制裁の金額的多寡よりむしろ、実質的な中身にあるといえます。

というのも、追加関税率は25%ですが、その対象は、航空機や産業用ロボット、半導体などハイテク製品を含む818品目があげられています。すなわち、中国の戦略的先端技術を狙い撃ちしたものであるということができます。

中国のこうした先端技術は、実は米国にとって脅威となっているようで、中国のハイテク製品は、軍事力の強化にも利用され、軍事力をベースとする米中の覇権争いが今回の貿易戦争の本質であると見ることができます。

トランプ大統領は、中国に対するさまざま措置について、知的財産権の侵害や国内産業の保護を大儀名分にしていますが、本音は、経済、軍事面での中国の覇権を許さないという強い態度が底流にあります。

米国の攻撃に対する中国側の反撃

一方の中国としても、米国の攻勢に対して、強い反撃に出ています。

7月に中国政府は米国からの輸入品340億ドルに25%の追加関税を課すことを明らかにしました。米国産の牛肉、豚肉、大豆、小麦なの農産物、えび、うなぎ、たらなどの水産物、さらに自動車にも対象を広げています。

これらの品目は、トランプ大統領と与党・共和党の支持基盤である主要産業を狙い撃ちしたものといえます。

とはいえ、中国は、追加関税の応酬だけで米国に戦いを挑むとは考えられません。中国は米国に対して「質と量を組み合わせた総合的な措置を実施する」と宣言しています。

これは、財の貿易だけに限定されない、質すなわち通貨安の誘導などの金融措置、さらに対中投資規制など、あらゆる手段を使って対抗することを意味します。

事実、米国が500億ドルの追加関税を発表した6月以降、人民元は低落傾向を見せています。

中国と米国は、このように打たれたら打ち返すというバトルを繰り広げており、両国の貿易摩擦が貿易戦争と呼ばれるゆえんとなっています。

米中貿易戦争のアメリカへのブーメラン現象

貿易戦争では米国にも弱みがあります。

今年9月に打ち出した2000億ドルにのぼる新たな対中追加関税の発動では、ハイテク製品などの資本財や中間財にとどまらず、広く消費財にも対象を広げています。

日用品や衣料などが中心になるとみられますが、それら製品への追加関税は、価格上昇を通じて米国消費者に打撃になると予想されます。

いわゆる“ブーメラン”現象ですが、中国向け追加関税は米国にとって「痛しかゆし」の側面があるようです。

しかしこのことは米中だけに限定されたものではありません。貿易に対する関税措置は、生産コストを高く引き上げ、企業業績にも当然、影響が出てきます。すると企業業績の下押し懸念がはたらき、景気後退に突入するリスクが生まれます。

トランプ政権による追加関税の影響について、国際通貨基金(IMF)が試算していますが、それによると、世界全体のGDPは2年間で0.5%程度押し下げられると予測されています。

国別の影響では、追加関税を仕掛けた張本人である米国が0.8%の押し下げと、最も影響を受けることになります。中国を含むアジア新興国も0.7%の押し下げと見られます。

それをきっかけに、世界の株価に変調をきたしていると考えられます。

米中貿易戦争の日本への影響は?

では、日本への影響はどうでしょうか?

GDPは0.6%の押し下げと見られていますが、日本の潜在成長率は0.5~1.0%程度。一気にゼロないしマイナス成長に転落することになります。

米国による対日自動車の追加関税は当面回避されますが、年明け以降の日米2国間交渉(TAG、物品貿易協定交渉)では米国は再度、自動車への厳しい要求を持ち出してくると見られます。

日本の自動車産業は、国内製造業出荷額の2割、就業人口の1割を占めるリーディング産業です。また、中国に進出している日本企業の現地生産でも最大規模であり、米中貿易戦争で中国経済が悪化した場合、日本企業は重大な影響を受けることになります。

さらに、日本の自動車産業は対米輸出依存度が他の産業に比べ大きいため、米国経済の影響をもろに受けることになります。

そうした意味で、日本の自動車産業は、米中貿易戦争の影響を2重、3重に受けることになります。

その回避策として自動車と農産物とのトレードオフが浮上する可能性がありますが、しかし、その場合も日本の農業、畜産業者が強く反発することは避けられません。

いずれにしても、米中貿易戦争のはね返りは、日本の景気や自動車、農産物関連を中心とした株式市場への影響が必至と言えます。

米中貿易摩擦以降の株式市場

米中貿易摩擦以降、米国、上海、日本の株式指数がどのような動きになっているのか、おさらいしておきましょう。

米国株価指数ですが、史上最高値を更新し続けてきたNYダウ平均ですが、米中貿易摩擦以降、株価は大きく下落しています。

株価急落の原因として、金利の上昇や、株式のバリュエーションが高かったことが原因とされていますが、明らかに米中貿易摩擦もその一因であることは明らかでしょう。

 

 

上海総合株価指数は、2018年以降、一貫して株価は下落しています。

日経平均株価は、米国の動きとほぼ連動しています。

このように見ていくと、今回の株価急落は米中貿易摩擦が原因のひとつであることは疑いの余地はないでしょう。

米中貿易戦争はどこまで続くのか

では、米中貿易摩擦はどこまで続くのでしょうか。

実はトランプ大統領には、貿易戦争で一定の勝算があるようです。というのも、両国間の貿易額にかなりの差があるからです。

2017年の両国の貿易額を比較すると、中国から米国への財の輸出額は5050億ドルです。これに対して米国から中国への財の輸出額は1300億ドルにとどまります。

つまり、中国から米国への輸出額のほうが米国から中国への輸出額の4倍も大きいというわけです。ということは米国での追加関税の打撃は中国の方が圧倒的に大きいということです。

もちろん、両国の経済規模を考慮する必要がありますが、それを差し引いても、貿易戦争では、中国に勝ち目はないことが分かります。

もしそうだとすれば、これまで世界経済を牽引してきた中国の経済成長率の低下は避けられず、もしかするとこれまで中国が爆弾として抱えてきた「不良債権問題」が表面化するリスクも考えられ、そうなればリーマンショック級の株価へのインパクトも十分考えられます。

いずれにせよ、今後の米中首脳が発するコメントには神経を尖らせる必要がありそうです。

まとめ

現在の米中の睨み合いが長引けば長引くほど、世界経済に対する悪影響は増すばかりです。

日本に対しては、自動車に追加関税を発動するとのトランプ大統領の“脅し”とも取れる発言で、自動車をはじめとする日本の経済界は大きなショックを受けました。

先ごろの日米首脳会談で2国間協議の交渉期間中は発動を見合わせるとの合意がなされたようですが、年明け以降の交渉では予断を許しません。

しかし米中貿易摩擦が決着するようなら、株価はいったんは大きな戻りを見せることになるでしょう。とにかく必要な情報を見逃さないようにしたいと思います。

紫垣 英昭